はじめに
高齢化社会の進展とともに、認知症患者数は世界的に急増しています。65歳以上の高齢者の5%、85歳以上では35~50%が何らかの認知症を患っているという現実に直面し、私たち臨床医には認知症の早期発見、適切な診断、そして包括的な管理がこれまで以上に求められています。
認知症治療の分野では、病態メカニズムの解明が進み疾患修飾治療への期待が高まる一方で、現実的には症状管理と生活の質の向上が治療の中心となります。患者の介護者との密接な協力関係の構築は、これらすべてにおいて不可欠な要素です。
本稿では、認知機能障害と認知症の系統的評価から専門的な管理まで、臨床現場で活用できる包括的なアプローチについて解説します。
1. 認知症の定義と疫学
認知症は、学習・記憶、言語、実行機能、複雑な注意、知覚・運動機能、社会的認知など、一つ以上の認知領域における認知機能の低下を特徴とする後天性疾患です。DSM-5では、従来必要とされていた2つ以上の認知領域での障害ではなく、単一の認知領域における実質的な低下でも診断可能となりました。
軽度認知障害(MCI)は、正常な認知機能と認知症の間に位置する中間状態です。客観的な認知障害は認められるものの、日常生活機能の全体的な低下は見られず、認知症への進行のリスクを示す一方で可逆的な状態である場合もあります。
アルツハイマー病(AD)は全認知症症例の60~80%を占める最も頻度の高い認知症です。血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など、各疾患には特徴的な臨床症状があり、適切な鑑別が重要です。
2. 系統的な診断アプローチ
臨床症状と鑑別診断
認知症患者の多くは記憶障害の自覚を訴えません。むしろ、配偶者や家族が問題を指摘して受診に至ることが一般的です。家族による指摘は現在の認知症の存在と将来の発症を予測する重要な指標となります。
認知症の本質は、ベースラインからの変化にあります。運転の中止や金銭管理の困難が生じる頃には、微細ながら増悪する臨床症状が数年間継続していることが一般的です。
認知症に関連する認知障害は、せん妄とうつ病から鑑別する必要があります。せん妄は急性ないし亜急性の発症で注意の著明な障害を伴い、意識レベルの変動を示します。うつ病患者は認知症患者よりも記憶障害を訴える傾向があり、精神運動性緩慢の徴候を示します。
系統的評価の実施
病歴聴取の重要性
患者をよく知る家族や介護者からの情報が不可欠です。薬物歴は特に重要で、鎮痛薬、抗コリン薬、向精神薬、鎮静催眠薬など、認知機能に影響を与える可能性のある薬物について詳細に聴取する必要があります。
「記憶障害にいつ最初に気づいたか」「記憶障害がどのように進行したか」という質問が有用です。日常生活活動の評価も重要で、患者のベースラインでの機能と現在の機能を比較検討する必要があります。
認知機能検査
MMSEやMoCA(Montreal Cognitive Assessment)などの短時間スクリーニング検査は、認知症検出において75~92%の感度と81~91%の特異度を示します。しかし、認知症の診断は低得点のみに基づいて行うべきではありません。最も重要な診断要素は、情報提供者から得られる詳細な病歴です。
身体検査と実験室検査
包括的な身体検査と神経学的検査により、局所神経学的欠陥、パーキンソン症状、歩行異常、眼球運動障害に注目します。米国神経学会(AAN)はビタミンB12欠乏症と甲状腺機能低下症のスクリーニングを推奨しています。
神経画像検査
AANは、すべての認知症患者の初期評価において、非造影頭部CTまたはMRIによる構造的神経画像検査を推奨しています。MRIは、より広範囲の病理に対する感度が高く、潜在的に有害な電離放射線への曝露を避けられるため、CTよりも推奨されます。
3. 専門医への紹介タイミング
プライマリケア医として認知症管理にどの程度習熟しているか、利用可能な専門クリニックのリソースがあるかによって、専門医紹介のタイミングは変わってきます。
早期の認知症診断に不確実性がある場合、特に認知症と正常な加齢、うつ病、脳症の鑑別が困難な場合には専門医への相談を検討しましょう。非アルツハイマー型認知症が疑われるケース、具体的には早期かつ重篤な行動変化、言語障害、幻覚、パーキンソニズムが見られる場合、若年発症(65歳未満)、強い家族歴がある場合も紹介の適応となります。
近年、早期アルツハイマー病(軽度認知障害および軽度認知症を含む)患者については、疾患修飾治療の検討のため認知症専門医への紹介が推奨されています。
4. 薬物療法の適切な管理
ポリファーマシーと副作用の回避
認知症患者における薬物療法は、患者の意思決定能力の低下、治療計画への遵守の困難さ、副作用の報告能力の低下により格段に複雑になります。
定期的な薬剤レビューの実施、臨床効果を得るのに必要な最小用量の使用、不必要な治療の中止が重要です。新しい症状に対して別の薬剤を処方する前に薬物有害作用を考慮し、適切な場合には非薬物的アプローチを検討しましょう。
米国の研究では、認知症を有する65歳以上の地域在住者の23%が臨床的に有意な抗コリン活性を持つ薬剤を処方されていることが分かりました。特に注意すべき薬剤には、抗コリン薬、ベンゾジアゼピン系薬剤、オピオイド、抗精神病薬が挙げられます。
血管リスク因子の慎重な管理
脳卒中、心血管疾患、認知症のリスク因子の同定と治療は、認知症の発症率を減少させ、認知機能低下の進行を遅らせる重要な戦略となります。しかし、過度に積極的な管理には潜在的な害があることも理解しておく必要があります。
172例の認知症または軽度認知障害患者を対象とした研究では、降圧薬治療を受け、日中の収縮期血圧が128mmHg以下であった患者において、MMSEスコアの低下が最も速かったことが示されています。
5. 非薬物療法とサポートケア
栄養管理と運動療法
認知症患者では進行期において体重変化が生じることがあります。栄養摂取を増加させる初期段階として、リラックスした家庭的な環境の提供、患者が他の家族と一緒に食事をするといった環境調整が効果的です。
嗅覚の低下が食欲不振と体重減少に寄与する場合があります。この問題は、低塩分の醤油やサルサを加えたり、胡椒、パプリカ、生姜などの香辛料を増やしたりして感覚刺激を増加させることで改善できます。
定期的な運動プログラムへの参加を推奨しています。複数の小規模ランダム化試験では、正式な運動プログラムがアルツハイマー病患者の身体機能を改善し、転倒の減少も報告されています。
作業療法の活用
認知症患者専用の特別なプログラムを持つセンターで実施される作業療法は効果的です。135例の軽度から中等度認知症患者を対象とした研究では、個別化された治療セッションにより、6週間後と3か月後の両方で対照群と比較して有意に改善し、治療にはある程度の持続性があることが示されました。
6. 意思決定能力と事前ケア計画
金融能力の早期対策
金融能力の障害は認知症の経過の早期に生じる可能性があり、すべての患者において避けられないため、診断後比較的早期に患者と家族と話し合うべきです。日本では、任意後見制度の利用を検討することが重要で、判断能力が十分なうちに将来の後見人を選任し、契約を締結しておくことができます。
実用的介入には、以下のような対策が有効です。ネットバンキングや自動引き落としの設定により複雑な金銭管理を簡素化し、家族による代理人カードの作成や共同名義口座の開設を検討します。また、定期預金や積立貯金への自動振替により、日常的に使用できる現金を制限することも詐欺被害の防止に効果的です。
日本特有の問題として、振り込め詐欺をはじめとする特殊詐欺のリスクが高いため、家族間での合言葉の設定、電話による金銭要求への対応方法の事前確認、地域の見守りネットワークへの登録なども重要な対策となります。地域包括支援センターや社会福祉協議会との連携により、金銭管理サービスの利用も検討できます。
事前ケア計画の重要性
事前ケア計画は進行期認知症患者の管理において重要で、疾患過程を通じて実施されるべきです。できる限り早期に開始し、理想的には患者が意思決定能力を失う前に開始して、個人が参加して自分の希望を明確に表現できるようにします。
疾患経過の後期において、認知症患者は基本的な身体機能の喪失、特に嚥下能力と感染症と戦う能力を失います。これらの合併症は進行期認知症における最も一般的な直接的死因です。
7. 安全対策
運転安全性の評価
運転は認知機能が悪化するにつれて危険になります。臨床認知症評価(CDR)スケールが運転安全性の評価において最も有用性の証拠があります。CDR = 0の患者は一般的に運転が安全で、CDR = 2の患者は運転が危険と考えられます。
その他の危険運転予測因子には、過去1~5年間の交通事故または違反歴、自己制限的運転、攻撃的または衝動的行動、MMSE24点以下が含まれます。
転倒防止と徘徊対策
転倒は一部の認知症症候群において疾患の早期であっても重要な安全問題となります。患者が転倒リスクがあると疑われる場合は必ず歩行評価を実施しましょう。
注意散漫と落ち着きのなさは認知症患者を徘徊に導く可能性があります。記憶喪失と空間認知障害により、徘徊する患者が迷子になり、身体的危害や死亡の可能性があります。予防策として、すべての認知症患者が迷子になるリスクがあることを介護者に知らせる必要があります。
8. 介護者支援と終末期ケア
介護者への包括的支援
認知症患者の介護者は重大なストレスに苦しむ可能性があります。カウンセリングと支援グループへの参加、他の家族との介護負担の分担、経済的に可能であれば有償介護者の利用が効果的です。
認知症患者260人の介護者を対象とした研究では、8セッションの教育プログラムが8か月間にわたって介護者の不安と抑うつスコアの低下、および生活の質の改善と関連していました。
生命予後の理解
認知症は生命予後を短縮させます。長さバイアスを調整した研究では、アルツハイマー病疑い、アルツハイマー病可能性、血管性認知症の調整後生存期間中央値は、それぞれ3.1年、3.5年、3.3年でした。
まとめ
認知症患者の管理は、多面的で継続的なアプローチを必要とする複雑な課題です。系統的な診断評価から始まり、専門医への適切な紹介、薬物療法の慎重な管理、多様な非薬物療法の実施、安全対策の確立、介護者への持続的な支援、事前ケア計画の策定まで、すべてが患者とその家族の生活の質向上のために重要な要素となります。
個々の患者の状態と進行段階に応じたきめ細やかな管理により、認知症患者とその家族が尊厳を保ちながら疾患と向き合えるよう支援していくことが私たちの責任です。
参考文献
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監修
鎌形博展 株式会社EN 代表取締役兼CEO、医療法人社団季邦会 理事長
専門科目 救急・地域医療
所属・資格
- 日本救急医学会
- 日本災害医学会所属
- 社会医学系専門医指導医
- 日本医師会認定健康スポーツ医
- 国際緊急援助隊・日本災害医学会コーディネーションサポートチーム
- ICLSプロバイダー(救命救急対応)
- ABLSプロバイダー(熱傷初期対応)
- Emergo Train System シニアインストラクター(災害医療訓練企画・運営)
- FCCSプロバイダー(集中治療対応)
- MCLSプロバイダー(多数傷病者対応)
研究実績
- 災害医療救護訓練の科学的解析に基づく都市減災コミュニティの創造に関する研究開発 佐々木 亮,武田 宗和,内田 康太郎,上杉 泰隆,鎌形 博展,川島 理恵,黒嶋 智美,江川 香奈,依田 育士,太田 祥一 救急医学 = The Japanese journal of acute medicine 41 (1), 107-112, 2017-01
- 基礎自治体による互助を活用した災害時要援護者対策 : Edutainment・Medutainmentで創る地域コミュニティの力 鎌形博展, 中村洋 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 修士論文 2016
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