睡眠は健康の基盤であり、医師として患者の”眠れない” “眠い”という訴えに科学的な根拠を持って対応することが求められます。現代社会では不眠症や睡眠不足、睡眠時無呼吸症候群、ナルコレプシーなど多様な睡眠障害が増えています。本稿ではここ10年の睡眠医学の進歩を踏まえ、不眠症、睡眠の生理学、睡眠時無呼吸症候群、ナルコレプシー、子どもの睡眠障害を中心に、エビデンスに基づく診断・治療法を解説します。検索エンジンで見つけやすいよう、「不眠症」「睡眠」「眠れない」「眠い」「医学」「睡眠時無呼吸症候群」「ナルコレプシー」などのキーワードを意識した構成としました。医師向けWEBメディア向けの記事として、臨床の現場ですぐに役立つ内容を約5000字でまとめています。
睡眠生理の基礎知識:なぜ眠るのか
睡眠段階と脳のクリーンアップ機構
睡眠はレム睡眠(REM)とノンレム睡眠(NREM)を繰り返す周期的なプロセスです。なかでもノンレム睡眠の深い段階では、「グリンファティックシステム」と呼ばれる脳内の洗浄機構が活発化し、脳脊髄液が20秒ごとに脳内を循環してアミロイドβやタウタンパク質などの老廃物を除去します[1]。この脳波と血流のゆっくりとした変動が脳の洗浄を促すため、深い睡眠が減少すると老廃物の排出が滞り、認知症リスクの上昇と関連する可能性があると報告されています[1]。高齢者や慢性的な睡眠不足の患者では徐波睡眠が減少しがちなため、生活指導として質の高い睡眠の重要性を説明しましょう。
シナプス恒常性と記憶の整理
起きている間に脳内のシナプスは強化され続けますが、強化が過剰に進むとニューロンが疲弊し情報処理効率が低下します。シナプス恒常性仮説では、睡眠中にシナプスの結合強度を適度に縮小することで脳をリセットし、翌日の学習能力を回復すると説明されます。2017年の動物研究では、数時間の睡眠でマウスのシナプスサイズが平均18%縮小したことが報告されました[2]。この結果は、質の高い睡眠が新しい記憶形成に重要であることを裏付けています。患者への指導では、十分な睡眠が学習効率や記憶力に影響することを伝えましょう。
不眠症と睡眠不足:定義・疫学・影響
急性睡眠不足と慢性不眠症
睡眠不足には一時的な睡眠制限による急性睡眠不足と、少なくとも3か月以上続く慢性的な不眠症があり、症状や対応が異なります。慢性不眠症は入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒が週3回以上続き日中の疲労や眠気を伴う状態と定義され、成人の10〜15%が該当すると推定されています。短期間の寝不足でも注意力や判断力が低下し、交通事故リスクや医療エラーが増加します。医師自身の勤務環境にも睡眠不足は影響するためセルフケアも重要です。
睡眠不足が健康に与える影響
慢性的な睡眠不足は高血圧、心血管疾患、肥満、2型糖尿病、うつ病のリスクを高めます。脳の廃棄物除去やシナプス整理が妨げられ、認知症発症リスクも増加します[1]。免疫機能も低下し、感染症やがんのリスクが高まることが示されています。睡眠不足を訴える患者には睡眠衛生指導とともに背景にある疾患(うつ病、甲状腺機能異常、薬剤)を評価しましょう。
不眠症の治療:薬物療法と非薬物療法
認知行動療法 (CBT-I)
不眠症の第一選択治療は認知行動療法(CBT-I)です。睡眠衛生指導、刺激制御療法、睡眠制限法、認知再構成を組み合わせて睡眠に対する偏った思考と行動を是正します。2015年のメタ分析では、CBT-Iにより入眠潜時が平均20分短縮し、夜間の覚醒時間が26分減少、睡眠効率が約10%改善するなど顕著な効果が確認されました[2]。薬物療法に比べ再発率が低く、長期的な有効性が認められます。
しかし、多くの国で認知行動療法を提供できる睡眠専門医や臨床心理士が不足しており、紹介制度の壁もあります。オーストラリアの病院で実施されている「直接リファーラルと段階的ケア」モデルでは、患者を医師経由ではなく心理士に直接紹介し、効果が不十分な場合に対面療法へステップアップすることで、限られた資源で多くの患者にCBT-Iを届けることを目指しています[3]。日本でもオンラインCBT-Iやデジタルプログラムの活用が進みつつあり、初期介入として有用です。
デュアルオレキシン受容体拮抗薬 (DORA)
薬物療法では、従来のベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬に加え、オレキシン神経伝達を阻害するデュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA)が登場しました。2022年に日本でも承認されたダリドレキサントは、50 mgおよび25 mgでプラセボに比べ主観的総睡眠時間と入眠潜時を有意に改善し、安全性はプラセボと同程度であることが日本人を含む国際共同第III相試験で報告されています[4]。DORAは深い睡眠を増やし、翌日の眠気が少ないため、慢性不眠症の新しい選択肢となっています。ただし高齢者や肝機能障害患者では慎重投与が必要です。
ベンゾジアゼピン系薬剤の漸減・マスク減量
長期にわたるベンゾジアゼピン系睡眠薬の使用は依存や転倒リスクの増加を招くため、減量・中止が望まれます。近年、徐々に薬剤内の有効成分を減らしフィラーを増量していく「マスク減量法」と、認知行動療法を組み合わせて離脱症状を軽減する試験が海外で報告されました。漸減への期待とプラセボ効果を利用した手法で、標準的な減量法より中止率が高かったとされます。ただし日本語でアクセス可能なエビデンスは少ないため、現状では個別に漸減計画を立て、認知行動療法を併用することが現実的でしょう。
睡眠時無呼吸症候群(OSA):診断と治療
病態と診断
OSAは睡眠中に反復する上気道の閉塞により呼吸停止や低換気を起こす疾患で、いびき、日中の強い眠気、起床時の頭痛や高血圧を伴います。ポリソムノグラフィでの無呼吸低呼吸指数(AHI) 5以上で診断され、肥満、顎顔面形態異常、閉経後の女性でリスクが高まります。一般内科でいびきや眠気を訴える患者には簡易検査を勧めましょう。
CPAP療法と心血管アウトカム
OSA治療の第一選択は経鼻的持続陽圧呼吸(CPAP)療法です。舌根や咽頭筋の虚脱を空気の圧力で防ぎ、無呼吸を減らします。2016年の大規模ランダム化比較試験(SAVE試験)では、中等度〜重度OSAと心血管疾患を合併する患者にCPAPを平均3.7年間使用させましたが、CPAP群と通常治療群の間で心筋梗塞や脳卒中などの主要心血管イベント発生率に有意差はありませんでした[5][6]。しかし、日中の眠気、いびき、生活の質、気分に関してはCPAPが有意に改善し[5]、QOL向上のための重要な治療であることが確認されています。医師は心血管予防目的だけでなく、患者の症状緩和のためにCPAPを勧め、適切な使用時間(1晩4時間以上)を確保するよう指導しましょう。
その他の治療
CPAPに耐えられない患者や軽症例には、口腔内装置による下顎前方移動、体位療法、減量、アルコール・鎮静薬の回避などが有効です。また、舌下神経刺激装置による上気道ペースメーカー療法も、日本では一部の適応患者で導入が始まっています。妊婦のOSAではCPAPが母体の血圧や妊娠高血圧症候群リスクを改善する可能性が報告されていますが、国内データは少なく専門医の判断が必要です。
ナルコレプシーと過眠症
病態と診断
ナルコレプシーは日中の耐えがたい眠気と、情動に誘発される脱力発作(カタプレキシー)を特徴とする中枢性過眠症です。原因は脳内のオレキシン(ヒポクレチン)神経の消失で、最近では自己免疫機序が関与する可能性が報告されています。発症にはHLA-DQB1*06:02やインフルエンザ感染・ワクチンとの関連が指摘されており、遺伝素因と環境要因が複合的に影響すると考えられています。反復睡眠潜時検査(MSLT)で入眠潜時が短く2回以上のREM睡眠が出現することが診断の根拠になります。
薬物療法の進歩
従来の治療はモダフィニルやメチルフェニデートなどの覚醒促進薬と脱力発作に対する三環系抗うつ薬が中心でしたが、副作用や効果不足が問題でした。2017年に発表された無作為化比較試験では、ヒスタミンH3受容体拮抗薬ピトリサントが週当たりのカタプレキシー発作頻度をプラセボ群の38%に対して75%減少させ、軽度の頭痛などを除いて副作用は軽度であったと報告されました[7]。これによりピトリサントは欧州で承認され、初の非覚醒剤治療として位置づけられました。また、米国では2019年にドパミン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬ソリラムフェトールが承認され、2024年にはオレキシン受容体アゴニスト製剤の臨床試験が進行中です。夜間睡眠の質を改善する低ナトリウムオキシベート剤も登場しており、患者ごとに症状や副作用に合わせた薬剤選択が可能になってきました。
日中眠気への非薬物アプローチ
睡眠スケジュールの調整、計画的短時間昼寝、適度な運動、栄養バランスなど生活習慣の改善も重要です。医師は患者の教育と家族への支援を行い、症状を理解してもらうことが必要です。ナルコレプシー患者は交通事故リスクが高いので、運転免許取得や車両運転の可否について指導し、就労環境の調整を支援しましょう。
小児の睡眠障害とメラトニン
発達段階における睡眠ニーズ
子どもの睡眠時間は年齢とともに変化し、新生児は1日16〜18時間、乳児は14〜15時間、学童期は9〜11時間が推奨されています。入眠困難や夜間覚醒の多さは、発達障害や慢性的な病気、家庭環境のストレスなどが背景にあることも多く、慎重な評価が必要です。
小児に対するメラトニン使用の注意点
最近、SNSなどで「メラトニン」が睡眠を助けるサプリとして話題になっていますが、子どもへの使用には慎重さが求められます。米国の総合小児病院が発表した解説記事では、メラトニンは3歳以上の子どもに短期間(数週間〜数か月)少量で使用する分には安全と考えられるものの、まずは行動療法や睡眠衛生を徹底することを推奨し、心配される副作用として免疫機能や思春期発達への影響、血管収縮作用などが挙げられています[8]。開始時は1 mg程度から始め、症状に応じて1 mgずつ増量し、最大でも3〜5 mg以内とすることが推奨され、長期継続は避けるべきと述べています[8]。特に小児の不眠には睡眠習慣の改善や昼間の活動量調整、心理的サポートが基本であり、医師は保護者に対して薬物に頼りすぎないよう指導する必要があります。
小児のOSAと手術治療
子どもにもOSAは発症し、肥満や扁桃・アデノイド肥大が主な原因です。小児OSAが疑われる場合は耳鼻科と連携し、アデノイド・扁桃摘出術が有効な治療となります。睡眠不足は学習障害や行動問題と関連するため、早期発見・治療が重要です。
睡眠衛生とライフスタイルの改善
治療に先立ち、睡眠衛生(Sleep Hygiene)の指導は全ての患者に有効です。就寝・起床時刻を一定にし、寝室を静かで暗く涼しい環境に整え、就寝前のカフェインやアルコールを避け、スマートフォンやパソコンなどの強い光を避けます。また適度な運動や日光浴、昼寝のコントロール(20分以内)も入眠や昼間の眠気改善に寄与します。不眠症患者には、眠れないときにベッドから出てリラックスした活動をする「刺激制御法」を紹介し、寝床を「眠る場所」と関連づけ直すことが大切です。
まとめ:総合的な睡眠医療を目指して
睡眠医学はこの10年で大きく進歩し、不眠症への認知行動療法や新規薬剤、OSAへのCPAP療法と代替治療、ナルコレプシーや過眠症への新しい覚醒促進薬、子どもに対するメラトニンの使用指針など、科学的根拠に基づく治療が整備されてきました。深い睡眠が脳内の老廃物を除去し、シナプスをリモデリングするという基礎研究の発見も、睡眠の意義を改めて示しています[1][2]。一方、睡眠不足は認知症や心血管疾患をはじめ様々な病気のリスクを高めます。医師は患者の睡眠を問診し、不眠症や睡眠時無呼吸症候群のスクリーニングを積極的に行い、必要に応じて専門施設へ紹介するとともに、ライフスタイル指導や心理療法、薬物治療を組み合わせた個別化医療を提供することが求められます。本稿が「眠れない」「眠い」という患者の訴えに対して科学的かつ実践的な対応を行う一助となれば幸いです。
[1] コラム | 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野
https://www.med.gifu-u.ac.jp/neurology/column/medical/20230224.html
[2] 第18話 睡眠の謎 | マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊 | 中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室
https://www.terumozaidan.or.jp/labo/manga/18/report.html
[3] 不眠症治療の新モデル、心理士への直接紹介と段階的ケアを評価
https://academia.carenet.com/share/news/7270ee62-dbac-4a20-a2ce-c5025529e3c0
[4] 不眠症治療薬デュアルオレキシン受容体拮抗薬「ダリドレキサント」(開発コード: ACT-541468)の日本における製造販売承認申請のお知らせ | ネクセラファーマ株式会社のプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000086.000036794.html
[5] [6] CPAP for Prevention of Cardiovascular Events in Obstructive Sleep Apnea – PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27571048
[7] Safety and efficacy of pitolisant on cataplexy in patients with narcolepsy: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial – PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28129985
[8] Should Melatonin Be Used To Treat Childhood Insomnia? – Pediatrics Nationwide
監修
鎌形博展 株式会社EN 代表取締役兼CEO、医療法人社団季邦会 理事長
専門科目 救急・地域医療
所属・資格
- 日本救急医学会
- 日本災害医学会所属
- 社会医学系専門医指導医
- 日本医師会認定健康スポーツ医
- 国際緊急援助隊・日本災害医学会コーディネーションサポートチーム
- ICLSプロバイダー(救命救急対応)
- ABLSプロバイダー(熱傷初期対応)
- Emergo Train System シニアインストラクター(災害医療訓練企画・運営)
- FCCSプロバイダー(集中治療対応)
- MCLSプロバイダー(多数傷病者対応)
研究実績
- 災害医療救護訓練の科学的解析に基づく都市減災コミュニティの創造に関する研究開発 佐々木 亮,武田 宗和,内田 康太郎,上杉 泰隆,鎌形 博展,川島 理恵,黒嶋 智美,江川 香奈,依田 育士,太田 祥一 救急医学 = The Japanese journal of acute medicine 41 (1), 107-112, 2017-01
- 基礎自治体による互助を活用した災害時要援護者対策 : Edutainment・Medutainmentで創る地域コミュニティの力 鎌形博展, 中村洋 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 修士論文 2016
メディア出演
- フジテレビ 『イット』『めざまし8』
- 共同通信
- メディカルジャパン など多数
SNSメディア
- Youtube Dr.鎌形の正しい医療ナビ https://www.youtube.com/@Dr.kamagata
- X(twitter) https://x.com/Hiro_MD_MBA
関連リンク
- 株式会社EN https://www.med-pro.jp/en/
- 医療法人社団季邦会 https://wellness.or.jp/kihokai/