2025年6月。ついに、骨太方針の案が示されました。すべてがそのまま実現されるわけではないですが、政治家の意向は強く政策に反映されます。今回の資料を分析して、今後の医療の展開を予測しなければなりません。今回はその内容を整理して公開します。
1. ついに明言された医療従事者の処遇改善 – 30年続いたコストカット型経済の終焉
先生方にとって最も注目すべきは、今回の骨太方針で「30年続いたコストカット型経済は終焉を迎えつつある」と明確に宣言されたことです。政府は「賃上げこそが成長戦略の要」として、医療・介護分野での処遇改善を最重要政策として位置づけました。
これまで医療現場では長年にわたって人件費抑制の圧力にさらされてきましたが、今回の方針転換により、その流れが根本的に変わる可能性があります。特に注目すべきは、保険料負担の抑制努力を継続しながらも、次期診療報酬改定を始めとした必要な対応策を講じるとしている点です。
2024年度診療報酬改定の効果検証が次期改定の鍵を握る
政府は2024年度診療報酬改定による処遇改善や経営状況等の実態を徹底的に把握・検証し、2025年末までに結論を得るとしています。この検証結果は、次期診療報酬改定の方向性を決定する極めて重要な要素となります。
検証項目には、実際の処遇改善の実態、経営状況の変化、そして2025年春季労使交渉における賃上げの実現状況が含まれています。昨今の物価上昇による影響も考慮されるため、先生方の勤務先でも賃上げの実態について詳細な調査が行われる可能性があります。
介護・障害福祉分野についても同様のスケジュールで検証が行われ、職員の処遇改善や業務負担軽減等の実現状況が評価されます。これらの結果は医療界全体の処遇改善の方向性に大きな影響を与えるでしょう。
2. 高額療養費制度の見直し – 2025年秋の決定に要注意
先生方の患者さんに直接影響する重要な変更として、高額療養費制度の見直しが挙げられます。政府は長期療養患者等の関係者の意見を丁寧に聴いた上で、2025年秋までに方針を検討し、決定するとしています。
この見直しは制度の根幹に関わる変更となる可能性があり、特に慢性疾患や重篤な疾患を抱える患者さんの経済的負担に大きな影響を与える可能性があります。がん治療や透析、難病治療などの高額な医療費が必要な患者さんを診療されている先生方にとっては、患者さんへの説明や治療方針の検討に影響が出る可能性があるため、今後の動向を注視する必要があります。
薬剤自己負担の見直しとOTC類似薬への影響
もう一つ注目すべきは、薬剤自己負担の見直し検討です。政府はリフィル処方箋の普及・定着、多剤重複投薬や重複検査の適正化を進めるとともに、医薬品・検査の更なるスイッチOTC化を推進するとしています。
これは将来的なOTC類似薬の保険外しにつながる可能性を示唆しています。現在市販薬として購入できる成分と同一の医療用医薬品について、保険適用から外される可能性があるということです。先生方の処方行動にも影響を与える可能性があるため、患者さんへの説明や代替薬の検討なども視野に入れておく必要があるでしょう。
3. 妊娠・出産費用の無償化で産科医療に変化
産科や小児科の先生方にとって重要なのは、2026年度を目途とした標準的な出産費用の自己負担無償化です。これに伴い「出産なび」の機能拡充や、小児周産期医療の体制確保が進められます。
特に注目すべきは、産科・小児科医療機関を取り巻く厳しい経営環境を踏まえた支援が明記されている点です。医療機関の連携・集約化・重点化を含めた必要な支援が行われる予定で、産科や小児科の診療体制にも変化が生じる可能性があります。
4. 医療DXの本格化 – マイナ保険証基本移行への準備
2025年12月の経過措置期間後は、マイナ保険証を基本とする仕組みに円滑移行することが決定されています。これは医療現場にとって避けて通れない変化です。
全国医療情報プラットフォームの構築により、電子カルテ情報共有サービスの普及、電子処方箋の利用拡大、PHR情報の利活用が本格化します。先生方の診療現場でも、他院での検査結果や処方歴、健診結果などがより簡単に確認できるようになる一方で、情報セキュリティへの配慮も一層重要になります。
標準型電子カルテの導入が加速
政府は2025年度中に標準型電子カルテの具体的内容を示すとしており、その普及促進のための支援策も具体化される予定です。クラウド技術を活用した病院情報システムの開発・導入に向けて、規制的手法や財政的手法など必要なインセンティブ措置も検討されています。
現在電子カルテを導入していない医療機関や、古いシステムを使用している医療機関にとっては、システム更新のタイミングを検討する重要な時期となるでしょう。
AI創薬やAIホスピタルの実用化支援も進められ、診療支援システムの高度化も期待されます。医薬品や検査の標準コード検討、マスタの一元管理、予防接種事務のデジタル化なども並行して進められるため、医療現場のデジタル化は急速に進展しそうです。
5. 医師偏在対策の抜本的強化 – 2027年度から医学部定員適正化
医師偏在問題については、政府が2025年末までに総合的な対策パッケージの検討結果を示すとしています。経済的インセンティブや規制的手法を含む地域の医療機関の支え合いの仕組み、全国的なマッチング機能やリカレント教育、医学教育を含めた総合的な診療能力を有する医師の育成などが検討されます。
特に注目すべきは、2027年度以降の医学部定員の適正化が明記されている点です。医師偏在是正の取組を進め、医師需給や人口減少等の中長期的な視点に立って定員が決定される予定です。これは将来的な医師数や専門医の需給バランスにも影響を与える可能性があります。
地域医療構想の新展開
2025年度中に国がガイドラインを策定し、各都道府県での2026年度以降の新たな地域医療構想の策定が支援されます。医療機関機能・病床機能の明確化、国・都道府県・市町村の役割分担の明確化が進められるため、地域によっては診療体制の大幅な見直しが必要になる可能性があります。
かかりつけ医機能の制度整備も進められ、医療の機能分化・連携、医療・介護連携の強化、救急医療体制の確保が推進されます。これにより、先生方の診療スタイルや他院との連携方法にも変化が生じる可能性があります。
6. 創薬力強化と薬価制度の変化
創薬エコシステムの発展に向けて、政府全体として一体的な政策が実現されます。新規ファースト・イン・ヒューマン試験実施施設の整備、国際水準の治験・臨床試験実施体制整備が進められ、MEDISO・CARISOの体制強化も図られます。
薬価制度については、国民負担の軽減と創薬イノベーションを両立する適切な評価の実施、承認審査・相談体制の強化が謳われています。これにより新薬の承認プロセスや薬価設定に変化が生じる可能性があります。
医薬品の安定供給対策も重要課題
サプライチェーン強靱化により、感染症流行による需要急激増加リスクへの対策、基礎的医薬品等の供給不安対応が進められます。後発医薬品業界の再編推進、バイオシミラーの国内生産体制整備も重要な課題として位置づけられています。
これらの変化により、先生方が普段処方されている医薬品の供給状況や価格にも影響が出る可能性があります。
7. 予防・健康づくりの強化で診療スタイルも変化
データヘルス・健康経営の推進により、保険者と事業主の連携した取組(コラボヘルス)、保険者の保健事業でのICT活用が進められます。エビデンスに基づくPHRや健康経営との協働、働き盛り世代の職域でのがん検診普及も重要な課題です。
生活習慣病対策・重症化予防では、糖尿病性腎症の重症化予防、大規模実証事業を踏まえたプログラム活用が進められます。データを活用したエビデンスに基づく介護予防、効果的なリハビリテーション支援も推進されるため、予防医学的なアプローチがより重要になってくるでしょう。
8. 先生方が押さえておくべき重要スケジュール
2025年の重要な節目
2025年秋までには高額療養費制度の方針が検討・決定され、2025年末までには診療報酬改定効果検証結果、介護・障害福祉分野処遇改善検証結果、医師偏在対策の総合的検討結果が示される予定です。
2025年度中には標準型電子カルテの具体的内容が提示され、地域医療構想ガイドラインも策定されます。そして2025年12月にはマイナ保険証への基本移行が実施されます。
中長期的な変化への備え
2026年度には標準的出産費用無償化が目途とされ、新たな地域医療構想策定も開始されます。2027年度以降には医学部定員適正化が開始され、2040年頃には新たな医療提供体制の完成、85歳以上人口増大への対応体制確立が目指されています。
まとめ:医療界の大転換期における対応策
今回の骨太方針は、医療界にとって間違いなく大きな転換点となる内容です。30年続いたコストカット型経済からの脱却が明言され、医療従事者の処遇改善が国の最重点政策となったことは、先生方にとって朗報と言えるでしょう。
一方で、高額療養費制度の見直しやOTC類似薬の保険外しにつながる可能性のある薬剤自己負担見直し、マイナ保険証の基本移行と医療DXの本格化、医師偏在対策の抜本的強化など、診療現場に直接影響する重要な変更も数多く予定されています。
特に2025年は多くの重要な方針決定が行われる年となるため、先生方におかれましては継続的な情報収集と対応準備が重要になります。患者さんへの影響を最小限に抑えながら、新しい医療提供体制に適応していくために、早めの準備と対策検討をお勧めします。
これらの変化は一朝一夕に実現するものではありませんが、確実に医療現場に影響を与えていくでしょう。先生方の診療の質を維持・向上させながら、新しい時代の医療に対応していくためにも、今後の政策動向を注視していくことが重要です。
参考
第7回経済財政諮問会議
- 開催日時:令和7年6月6日(金) 17:00 ~ 17:40
- 開催場所:総理大臣官邸4階大会議室
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2025/0606agenda.html
キーワード
骨太方針2025、医療政策、診療報酬改定、OTC類似薬、高額療養費制度、医師偏在対策、医療DX、マイナ保険証、地域医療構想、医療従事者処遇改善
著者:鎌形博展
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2024年 街のクリニック大船こども院・高血圧といびきの内科も新規開業。
2023年には株式会社EN創業をし、Med-Pro Doctorsの運営や、医師の開業、承継開業支援・事務長代行などの業務も行う。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開