【Part 1:クリティカルシンキング – 診断と治療に役立つ論理的思考法】
認知バイアスの種類、メカニズムを解説
前回の記事では、クリティカルシンキングの重要性について解説しました。今回は、クリティカルシンキングを妨げる要因の一つである「認知バイアス」について詳しく解説します。
認知バイアスとは、「人が情報を処理する際に、無意識に生じる思考の偏り」のことです。認知バイアスは、判断や意思決定に影響を与え、誤った結論を導き出す可能性があります。
認知バイアスの種類は非常に多く、100種類以上あると言われています。ここでは、医療現場で特に注意すべき認知バイアスについて、具体的な事例を交えながら解説します。
医療現場で陥りやすいバイアス(確証バイアス、アンカリングなど)を具体的に説明
確証バイアス
確証バイアスとは、「自分の仮説や信念を裏付ける情報ばかりを集め、反証する情報を無視する傾向」のことです。
<事例>
◦ある患者さんの症状から「〇〇病かもしれない」という仮説を立てたとします。すると、その仮説を裏付ける情報
ばかりに目が行き、他の可能性を検討しなくなることがあります。
◦例えば、頭痛を訴える患者さんに対して、脳腫瘍の可能性を考えたとします。すると、脳腫瘍に合致する症状(嘔
吐、視力障害など)ばかりに注目し、他の可能性(風邪、片頭痛など)を十分に検討しないことがあります。
<対策>
◦自分の仮説を常に疑い、反証する情報を積極的に探すように心がけましょう。
◦他の医師や医療従事者と意見交換を行い、多角的な視点から症例を検討しましょう。
アンカリング
アンカリングとは、「最初に与えられた情報(アンカー)に過度に影響され、その後の判断が歪められる傾向」のことです。
<事例>
◦患者さんの身長や体重などの情報を最初に与えられると、その情報に引きずられ、体格に見合わない症状を見落と
してしまうことがあります。
◦例えば、身長が低い患者さんに対して、「この患者さんは痩せているから、栄養状態は問題ないだろう」と考えてし
まうことがあります。しかし、実際には、隠れた栄養失調がある可能性もあります。
◦検査結果の数値を最初に目にすると、その数値にアンカーが置かれ、他の検査結果や症状を十分に考慮しなくなる
ことがあります。
<対策>
◦最初に与えられた情報に過度に依存せず、様々な情報を総合的に判断するように心がけましょう。
◦検査結果の数値だけでなく、患者さんの症状や身体所見も合わせて評価することが重要です。
利用可能バイアス
利用可能バイアスとは、「過去の経験や記憶に影響され、直近で経験した疾患に結び付けてしまう傾向」のことです。
<事例>
◦最近A型インフルエンザの患者さんを多く診療した場合、発熱患者さんに対して「インフルエンザかもしれない」と
いう考えが先行し、他の疾患の可能性を十分に検討しないことがあります。
◦稀な疾患を経験した場合、同様の症状を呈する患者さんに対して、その稀な疾患を疑ってしまうことがあります。
<対策>
◦過去の経験にとらわれず、常に幅広い可能性を検討するように心がけましょう。
◦稀な疾患についても、常に鑑別診断に入れるように意識しましょう。
代表性バイアス
代表性バイアスとは、「ある対象を、典型的な事例やステレオタイプに当てはめて判断してしまう傾向」のことです。
<事例>
◦若い女性患者さんに対して「〇〇病は若い女性には珍しいから、他の病気だろう」と考えてしまうことがありま
す。
◦高齢の患者さんに対して「年齢のせいだから仕方ない」と決めつけてしまうことがあります。
<対策>
◦ステレオタイプな考え方を避け、個々の患者さんの状況に合わせて判断するように心がけましょう。
◦年齢や性別だけでなく、様々な情報を考慮して診断する必要があります。
帰属バイアス
帰属バイアスとは、「他者の行動を、その人の性格や能力に帰属させやすく、状況要因を過小評価する傾向」のことです。
<事例>
◦患者さんが治療方針に従わない場合、「あの患者さんは協力的でない」と決めつけてしまうことがあります。しかし、実際には、経済的な事情や家族の介護など、様々な状況要因が影響している可能性があります。
◦医療従事者のミスを、その人の能力不足や性格に帰属させてしまうことがあります。しかし、実際には、システム上の問題や過重労働など、状況要因が影響している可能性があります。
<対策>
◦他者の行動を評価する際には、その人の性格や能力だけでなく、状況要因も考慮するように心がけましょう。
◦医療現場におけるミスは、個人の責任だけでなく、システム全体の問題として捉えることが重要です。
フレーミング効果
フレーミング効果とは、「同じ情報でも、提示の仕方によって判断が変わる現象」のことです。
<事例>
◦手術成功率90%」と「手術死亡率10%」では、受け取る印象が異なります。
◦ある治療法について、「この治療法で救命できる確率は70%です」と説明する場合と、「この治療法では30%の確率で死亡します」と説明する場合では、患者さんの意思決定に影響を与える可能性があります。
<対策>
◦情報を提示する際には、様々な角度からの表現を検討し、患者さんに誤解を与えないように心がけましょう。
現状維持バイアス
現状維持バイアスとは、「現状を維持しようとする心理」のことです。
<事例>
◦新しい治療法や診断法を導入する際に、抵抗感を感じることがあります。
◦過去の成功体験にとらわれ、新しい方法を受け入れられないことがあります。
<対策>
◦現状に固執せず、常に新しい情報や技術を取り入れるように心がけましょう。
◦新しい方法のメリットとデメリットを 客観的に評価し、導入の可否を判断することが重要です。
バンドワゴン効果
バンドワゴン効果とは、「他の人がしていることを自分もしたくなる心理」のことです。
<事例>
◦新しい治療法や診断法が流行していると、安易にその方法を選択してしまうことがあります。
◦他の医療機関で導入されている新しいシステムを、十分に検討せずに導入してしまうことがあります。
<対策>
◦流行に流されず、エビデンスに基づいた判断をするように心がけましょう。
◦新しい方法を導入する際には、自施設の状況や患者さんのニーズを考慮し、慎重に検討することが重要です。
※医療現場で陥りやすいバイアス(続く)
錯誤帰属
錯誤帰属とは、「自分の行動の結果を、実際には自分以外の要因(状況や運など)に帰属させる傾向」**のことです。
<事例>
◦手術後、患者さんの状態が思わしくない場合、「手術が難しかった」「患者さんの状態が悪かった」など、自分以外の要因に帰属させることがあります。
◦新しい治療法を試みた結果、患者さんの状態が悪化した場合、「その治療法は効果がない」と結論づけ、他の要因(患者さんの状態変化など)を考慮しないことがあります。
<対策>
◦自分の行動の結果を客観的に評価し、自分以外の要因だけでなく、自分の行動も振り返るように心がけましょう。
◦成功体験だけでなく、失敗体験からも学び、次に活かすことが重要です。
損失回避バイアス
損失回避バイアスとは、「利益を得ることよりも、損失を回避することに重きを置く」
<事例>
◦新しい治療法を導入する際に、その治療法が成功する可能性よりも、失敗する可能性にばかり注目し、導入をためらってしまうことがあります。
◦リスクのある治療法を選択する際に、その治療法によって得られる利益よりも、失う可能性ばかりを考えてしまうことがあります。
<対策>
◦利益と損失の両方を 客観的に評価し、長期的な視点で判断するように心がけましょう。
◦リスクのある治療法を選択する際には、その治療法によって得られる利益と失う可能性を比較検討し、患者さんの状態に合わせて最適な治療法を選択することが重要です。
バイアスを克服し、客観的な判断を下すためのトレーニング方法を紹介
認知バイアスは、誰にでも起こりうる自然な思考の偏りです。しかし、認知バイアスを放置すると、誤った判断や意思決定につながる可能性があります。
認知バイアスを克服し、客観的な判断を下すためには、以下のトレーニング方法が有効です。治療法が有効であるという論文を読んだとします。クリティカルシンキングに基づき、以下の点を検討します。
- 自分の思考プロセスを意識化する
まず、自分がどのような認知バイアスに陥りやすいかを認識することが重要です。 毎日の診療を振り返り、自分の思考パターンを分析してみましょう。 - 他の医師とのディスカッションやカンファレンスに積極的に参加する
他の医師の意見を聞くことで、自分の思考の偏りに気づくことができます。 また、様々な視点から症例を検討することで、より客観的な判断が下せるようになります。 - 論文を読む際には、批判的な視点を持つ
論文の著者や研究機関の利害関係、研究デザイン、サンプルサイズ、結果の解釈など、様々な側面から批判的に評価しましょう。 特に、自分が信じたい結果が出ている論文ほど、注意深く吟味する必要があります。 - 診断を下す前に、複数の可能性を検討する
一つの診断に固執せず, 常に他の可能性を検討する習慣を身につけましょう。 鑑別診断をリストアップし、それぞれの可能性について客観的な証拠を集めることが重要です。 また、 まれな疾患についても常に考慮するように心がけましょう。 - 検査結果や画像診断結果を過信しない
検査結果や画像診断結果は、あくまで診断の補助的な情報です。 患者さんの症状や身体所見と合わせて、総合的に判断する必要があります。 検査結果が正常範囲内であっても、疾患の可能性を否定できない場合があることに注意しましょう。 - セカンドオピニオンを積極的に活用する
他の医師の意見を聞くことで、自分の診断や治療 plan に偏りがないか確認することができます。 セカンドオピニオンは、患者さんだけでなく、医師自身にとっても有益なものです。 - 定期的に自己評価を行う
自分の診療を振り返り、認知バイアスに陥りやすい場面や状況を把握しましょう。 また、他の医師や医療従事者からフィードバックをもらうことも有効です。
まとめ
認知バイアスは、誰にでも起こりうる自然な思考の偏りですが、放置すると誤った判断や意思決定につながる可能性があります。
認知バイアスを克服し、客観的な判断を下すためには、自分の思考プロセスを意識化し、様々なトレーニングを続けることが重要です。
認知バイアスに気づくためのチェックリスト
- 自分の専門領域の疾患ばかりを疑ってしまう
- 検査結果や画像診断結果が正常範囲内であると、疾患の可能性を否定してしまう
- 患者さんの訴えを十分に聞かずに、自分の経験や知識に基づいて判断してしまう
- 他の医師の意見を聞かずに、自分の診断や治療 plan を決定してしまう
- 新しい治療法や診断法を導入する際に、リスクばかりを考えてしまう
上記の項目に当てはまる場合は、認知バイアスに陥っている可能性を疑い、自分の思考プロセスを意識化するように心がけましょう。
【参考文献】
- 思考の整理学 (ちくま文庫)
- 情報を正しく選択するための認知バイアス事典
- 診断エラーを引き起こす 認知バイアス
- Judgment in Managerial Decision Making (Bazerman & Moore)
- Thinking, Fast and Slow (Kahneman)
2025/03/31
著者:鎌形博展
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2023年には株式会社EN創業。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開