【Part 1:クリティカルシンキング – 診断と治療に役立つ論理的思考法】

臨床現場におけるクリティカルシンキングの重要性

医師として日々の診療を行う中で、私たちは常に判断を求められます。患者さんの症状、検査結果、問診内容などを総合し、診断を下し、適切な治療法を選択する。この一連のプロセスは、まさにクリティカルシンキング(批判的思考)の連続です。クリティカルシンキングとは、「物事を鵜呑みにせず、様々な角度から吟味し、論理的な根拠に基づいて判断する思考法」です。医師にとって、クリティカルシンキングは「患者さんの状態を正確に理解し、最適な医療を提供するための必須スキル」と言えるでしょう。

思考プロセスを意識化し、客観的な視点を持つための方法論

クリティカルシンキングを実践するためには、まず自分の思考プロセスを意識化することが重要です。「なぜこの検査が必要なのか?」「この症状からどのような疾患が考えられるのか?」「この治療法が本当に患者さんにとって最善なのか?」など、常に「なぜ?」という問いを持ちながら診療にあたりましょう。

例えば、発熱患者さんの診療を例に考えてみましょう。

  1. 問診:
    ◦発熱の程度、期間、発症様式(突然か徐々にか)、時間帯(日中、夜間など)
    ◦随伴症状(咳、鼻水、咽頭痛、頭痛、関節痛、筋肉痛、倦怠感、食欲不振、悪心、嘔吐、下痢、腹痛、皮疹など)
    ◦基礎疾患、既往歴、内服薬、アレルギー歴
    ◦渡航歴、接触歴(感染症患者との接触、動物との接触など)
  2. 身体診察:
    ◦体温測定、バイタルサイン(脈拍、呼吸数、血圧)
    ◦全身状態(意識状態、顔色、皮膚の状態など)
    ◦呼吸器系の診察(呼吸音、胸部X線写真など)
    ◦循環器系の診察(心音、心電図など)
    ◦消化器系の診察(腹部触診、腹部超音波検査など)
    ◦神経系の診察(神経学的検査など)
    ◦皮膚の診察(皮疹の性状、分布など)
  3. 検査:
    ◦血液検査(白血球数、CRP、肝機能、腎機能など)
    ◦尿検査
    ◦画像検査(胸部X線写真、CT検査、超音波検査など)
    ◦微生物学的検査(血液培養、尿培養、咽頭拭い検査など)

これらの情報を総合し、「発熱の原因は何か?」「感染症の可能性は?」「緊急性は?」など、様々な仮説を立てながら思考を進めます。

また、客観的な視点を持つことも大切です。患者さんの主観的な訴えだけでなく、検査データや画像診断結果など、客観的な情報も総合して判断する必要があります。時には、自分の専門領域にとらわれず、他の診療科の意見も参考にすることで、より正確な診断に近づけることができます。

診断エラー、医療過誤の防止に繋がる思考法

クリティカルシンキングは、診断エラーや医療過誤を防止する上でも非常に有効です。例えば、「利用可能バイアス」という認知バイアスがあります。これは、過去の経験や記憶に影響され、直近で経験した疾患に結び付けてしまう傾向のことです。

例えば、最近A型インフルエンザの患者さんを多く診療した場合、発熱患者さんに対して「インフルエンザかもしれない」という考えが先行し、他の疾患の可能性を十分に検討しないことがあります。

しかし、実際には稀な疾患である可能性もあります。クリティカルシンキングを働かせることで、利用可能バイアスに気づき、安易な診断を避けることができます。

また、「確証バイアス」も注意すべき認知バイアスです。これは、自分の仮説を裏付ける情報ばかりを集め、反証する情報を無視する傾向のことです。確証バイアスに陥ると、誤った診断や治療につながる可能性があります。クリティカルシンキングを身につけることで、自分の仮説を常に疑い、客観的な証拠に基づいて判断することができます。

EBM(Evidence-Based Medicine)との関連性

クリティカルシンキングは、EBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づいた医療)の実践においても重要な役割を果たします。EBMとは、「最新の研究結果や臨床試験データに基づいて、最も効果的な医療を提供する」という考え方です。

EBMを実践するためには、論文を批判的に吟味し、その結果を患者さんに適用できるかどうかを判断する必要があります。クリティカルシンキングは、論文の信頼性や妥当性を評価し、EBMに基づいた最適な医療を提供するために不可欠なスキルです。

例えば、ある治療法が有効であるという論文を読んだとします。クリティカルシンキングに基づき、以下の点を検討します。

  1. 研究デザイン:
    ◦研究対象は適切か?(患者背景、年齢、性別など)
    ◦研究方法は適切か?(ランダム化比較試験、二重盲検法など)
    ◦統計解析は適切か?
  2. サンプルサイズ:
    ◦十分な数の患者さんが含まれているか?
    ◦サンプルサイズが小さいと、結果の信頼性が低くなる可能性がある
  3. 結果の解釈:
    ◦治療効果は統計学的に有意か?
    ◦臨床的に意味のある効果か?(わずかな効果しかない場合もある)
  4. 患者への適用:
    ◦研究結果を自分の患者さんに当てはめることができるか?
    ◦患者さんの背景、希望、価値観などを考慮する必要がある

まとめ

今回は、医師のためのクリティカルシンキングの重要性について解説しました。クリティカルシンキングは、診断・治療の精度を高め、医療過誤を防止するために、医師にとって必須のスキルです。

次回は、クリティカルシンキングを妨げる要因の一つである「認知バイアス」について詳しく解説します。

【クリティカルシンキングを鍛えるための日々のトレーニング】

クリティカルシンキングは、一朝一夕に身につくものではありません。日々の診療の中で意識的にトレーニングを続けることが重要です。

  1. 毎日の診療記録を振り返り、自分の思考プロセスを分析する:
    ◦どのような情報を基に診断を下したのか?
    ◦他の可能性はなかったか?
    ◦自分の判断にバイアスはなかったか?
    ◦今回の診断・治療は最適だったか?改善点はないか?
  2. 他の医師とのディスカッションやカンファレンスに積極的に参加し、様々な意見に触れる:
    ◦他の医師はどのような視点で患者さんを診ているのか?
    ◦自分の考え方と異なる点は何か?
    ◦議論を通じて新たな発見はあったか?
    ◦他の医師の意見を参考に、自分の診断・治療 plan を見直す
  3. 論文を読む際には、批判的な視点を持ちながら、エビデンスの質を評価する:
    ◦研究デザイン、サンプルサイズ、結果の解釈は適切か?
    ◦自分の患者さんにこの研究結果を適用できるか?
    ◦他の研究結果と比較してどうか?
    ◦最新のガイドライン、診療情報を常に確認する
  4. 臨床推論に関する書籍や論文を読み、知識を深める:
    ◦クリティカルシンキングの理論や手法を学ぶ
    ◦様々な症例検討を通じて、臨床推論のスキルを磨く
    ◦最新のEBMに関する情報を収集する
    ◦臨床推論ワークショップ、セミナーなどに参加する

これらのトレーニングを継続することで、クリティカルシンキングのスキルは確実に向上します。

【参考文献】

  • 思考の整理学 (ちくま文庫)
  • 情報を正しく選択するための認知バイアス事典

2024/03/31
著者:鎌形博展 
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2023年には株式会社EN創業。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開

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