高収入でも将来が不安な医師へ。医師という職業特有の課題を踏まえ、効率的で実践的な資産形成の基本を学び、安定した未来を築くための第一歩を踏み出しましょう。
医師として安定した収入を得ていても、将来への不安を感じている方は少なくありません。むしろ、医師という職業だからこそ直面する特有の課題があり、これらを理解した上で戦略的な資産形成を行うことが重要です。
なぜ医師こそ資産形成が重要なのか?
医師は確かに高収入を得られる職業ですが、それが必ずしも安泰を意味するわけではありません。医師という職業ならではの事情から、むしろ一般的な職業以上に堅実な資産形成が重要になります。
高収入に伴う税負担の重さ
医師の収入は累進課税制度により、収入が増えるほど税負担も大きくなります。手取り額は思ったほど増えない現実があります。日本の所得税率は、課税所得金額195万円以下で5%からスタートし、4,000万円を超えると45%となります。これに住民税10%が加わるため、高所得の医師の場合、最大55%の税率が適用されることになります。
適切な節税対策を講じることで、より多くの資産を形成できる可能性があります。医師の場合、iDeCoやNISAなどの制度活用、不動産投資による所得分散、法人化による節税など、様々な選択肢を検討することが重要です。
課税所得金額 | 所得税率 | 住民税率 |
~195万円 | 5% | 10% |
195万円超~330万円 | 10% | 10% |
330万円超~695万円 | 20% | 10% |
695万円超~900万円 | 23% | 10% |
900万円超~1,800万円 | 33% | 10% |
1,800万円超~4,000万円 | 40% | 10% |
4,000万円超 | 45% | 10% |
医療制度改革の不確実性
医療制度改革は継続的に行われており、診療報酬や勤務形態に影響を与える可能性があり、将来の収入見通しを不透明にする要因となります。診療報酬は定期的に改定され、医療機関の収益に直接影響を与えます。地域医療構想では医療資源の効率的な活用を目指し、病院の統廃合や機能分化が進む可能性があります。
また、医師の働き方改革により長時間労働の是正やワークライフバランスの推進が求められており、これまでの高収入を前提とした働き方が変化する可能性もあります。このような環境変化に対応するためにも、早期からの資産形成が重要です。
長時間労働と時間的制約
忙しい医師にとって、資産運用に割ける時間は限られています。勤務形態に合わせた効率的な資産形成方法を選択することが重要です。大学病院勤務医は研究や学会参加など自己投資に費用がかかる場合が多く、市中病院勤務医は当直や夜勤が多く時間的な制約があります。診療所勤務医は比較的時間に余裕がある一方、収入が安定しない場合もあります。
このような制約がある中で、手間のかからない自動積立投資や、専門家に運用を委託できる投資信託、管理会社に委託可能な不動産投資などが選択肢として考えられます。
開業医特有の経営リスク
開業医は経営状況によって収入が大きく変動する可能性があります。クリニックの経営と並行して、個人としての資産形成も計画的に進める必要があります。医療機器の導入や設備投資、スタッフの人件費など、事業経営には様々な費用がかかります。
また、競合クリニックの開業や患者数の変動、医療制度の変更などにより収益が影響を受ける可能性もあります。このようなリスクを考慮し、事業収入以外の収入源を確保することが重要です。
資産形成の基礎知識と戦略的アプローチ
資産形成とは、単に貯蓄するだけでなく、将来の目標を達成するために計画的に資産を増やし、守っていくことです。医師という職業の特性を活かしながら、効率的な資産形成を実現するための基本的な考え方を理解することが重要です。
資産形成の3つの基本要素
効果的な資産形成には「貯蓄」「投資」「保険」をバランス良く組み合わせることが重要です。貯蓄は将来に備えた資金を蓄える基礎となり、緊急時の資金や短期的な目標達成のための資金として機能します。投資は貯蓄した資金を運用し、インフレに対抗しながら資産を増やすことを目指します。保険は不測の事態に備え、経済的なリスクを軽減する役割を果たします。
特に医師の場合、高い収入を得られる反面、職業上のリスクも存在するため、適切な保険設計も重要な要素となります。医療事故に対する賠償責任保険、疾病による就業不能保険、開業医の場合は事業保障保険なども検討する必要があります。
明確な目標設定の重要性
資産形成を成功させるためには、具体的な目標設定が不可欠です。老後資金としてゆとりある老後生活を送るための資金、住宅購入のためのマイホーム取得資金、子供の教育資金として大学進学などにかかる費用、開業資金としてクリニック開業のための資金、旅行資金として旅行やレジャーを楽しむための資金など、様々な目的があります。
例えば「老後資金として3,000万円を65歳までに準備する」といった具体的な目標を設定することで、必要な月額積立額や利回り目標が明確になり、モチベーションを維持しやすくなります。
時間軸を意識した戦略設計
短期、中期、長期といった時間軸で目標を設定し、それぞれの期間に適した資産形成方法を選択することが重要です。短期目標(1〜3年)では流動性を重視し、定期預金や短期債券などの安全性の高い商品を選択します。中期目標(3〜10年)ではバランス型の投資信託や個人向け国債などでリスクとリターンのバランスを取ります。長期目標(10年以上)では株式投資信託や不動産投資など、より高いリターンを狙える商品に投資することができます。
リスク許容度の適切な判断
資産形成において、個人のリスク許容度を正確に把握することが重要です。年齢が若いほどリスク許容度は高く設定でき、年齢を重ねるにつれて安全性を重視する傾向があります。家族構成では扶養家族がいる場合はリスク許容度は低くなる傾向があり、収入状況では収入が安定しているほどリスク許容度は高く設定できます。
投資の知識や経験も重要な要素で、投資初心者はまず少額から始めて徐々に知識と経験を積んでいくことが大切です。経験者はより高度な投資に挑戦し、資産を効率的に増やすことを目指せます。
医師の資産形成における特別な注意点
医師のライフスタイルやキャリアパスは多様であり、それぞれの状況に合わせて最適な資産形成戦略を立てる必要があります。職種や勤務形態によって利用できる制度や選択肢が大きく異なることを理解することが重要です。
勤務医の資産形成戦略
勤務医は勤務形態や勤務先によって利用できる制度や選択肢が異なります。病院の福利厚生制度を積極的に活用し、効率的な資産形成を目指すことが重要です。企業型確定拠出年金制度が導入されている医療機関では、マッチング拠出や選択制DCなどを活用することで、税制優遇を受けながら老後資金を準備できます。
財形貯蓄制度が利用できる場合は、給与天引きによる自動積立により確実な貯蓄が可能です。また、勤務医の場合は比較的安定した収入が見込めるため、長期投資に適した株式投資信託やETFなどを活用することも可能です。
開業医の包括的な資産戦略
開業医の場合、クリニック経営における収入と支出のバランスが重要になります。節税対策を徹底し、事業所得と給与所得を適切に調整することで税負担を軽減できます。法人化を検討することで、個人の所得税率と法人税率の差を活用した節税効果を得ることも可能です。
また、開業医は経営リスクを抱えているため、事業とは別の収入源として不動産投資や金融商品への投資を検討することも重要です。事業の好不調に関わらず安定した収入を得られる資産を構築することで、リスク分散を図ることができます。
専門医・研修医のキャリア投資
専門医や研修医の場合、専門分野の習得やキャリアアップのための自己投資も重要な要素となります。学会参加費、専門書籍代、研修費用など、将来の収入向上につながる投資も資産形成の一環として考える必要があります。
一方で、研修期間中は収入が限られるため、無理のない範囲での積立投資から始めることが重要です。将来の高収入を見据えて、早期から投資の知識と経験を積むことで、専門医として独立した際により効果的な資産形成を行うことができます。
女性医師の柔軟な資産設計
女性医師の場合、結婚、出産、育児などのライフイベントによるキャリアの変化を考慮した柔軟性のある資産形成計画を立てることが重要です。産休や育休期間中の収入減少に備えた資金準備、子育て期間中の時短勤務による収入変動への対応、パートナーとの資産形成計画の調整など、様々な要因を考慮する必要があります。
つみたてNISAなど、いつでも引き出し可能で税制優遇を受けられる制度を活用することで、ライフイベントに応じた柔軟な資産活用が可能になります。
具体的な資産形成手段の詳細解説
医師が活用できる資産形成手段は多岐にわたります。それぞれの特徴やリスク、医師という職業との適合性を理解し、自身の状況や目標に最適な組み合わせを選択することが重要です。
安全性重視の基礎的な金融商品
預貯金は低金利環境ではありますが、元本保証があり安全性が高い点が最大の魅力です。普通預金は日常的な資金の出し入れに利用し、定期預金は一定期間預け入れることで普通預金よりも高い金利を得られます。積立預金では毎月一定額を自動的に積み立てることで、計画的な貯蓄が可能です。
外貨預金では米ドルやユーロなどの外貨で預金することで、金利差や為替差益を狙えますが、為替変動リスクがあることを理解しておく必要があります。医師の場合、緊急時の資金として年収の6ヶ月分程度を普通預金に確保し、それ以外の資金を他の投資に振り向けるという戦略が一般的です。
債券投資では、国や企業が発行する債券に投資することで、安定した利息収入を得られます。国債は国が発行する債券で安全性が最も高く、個人向け国債では最低1万円から投資が可能です。社債は企業が発行する債券で、国債よりもリスクが高い分、利回りが高い傾向があります。
医師のような安定収入がある職業の場合、ポートフォリオの安定性を高めるために債券の割合を一定程度確保することが重要です。
分散投資を活用した投資信託
投資信託は複数の株式や債券に分散投資することで、リスクを抑えながら安定的なリターンを目指せる商品です。忙しい医師にとって、プロの運用者に投資判断を委ねることができる投資信託は非常に有効な選択肢です。
インデックスファンドは特定の指数(日経平均株価、S&P500など)に連動した運用成果を目指す投資信託で、運用コストが低く初心者にもおすすめです。分散投資によるリスク軽減効果があり、長期的な視点で安定的なリターンを目指すことができます。運用コストが低いため、効率的な資産運用が可能です。
アクティブファンドでは、ファンドマネージャーが銘柄を選定し、市場平均を上回るリターンを目指します。専門家の知見を活かした運用により、市場平均を上回るリターンを狙える可能性がありますが、運用コストが高くリスクも高めです。
医師の場合、つみたてNISAの枠内でインデックスファンドを活用し、余裕資金でアクティブファンドに挑戦するという段階的なアプローチが効果的です。
個別株式投資とその戦略
株式投資は個別企業への投資でハイリスク・ハイリターンの特性があります。バリュー株投資では割安な銘柄に投資し、株価上昇による利益を狙います。企業の本質的価値に対して株価が割安な状態の銘柄を見つけることが重要です。
グロース株投資では成長が見込まれる企業の株に投資し、長期的な値上がり益を狙います。医療関連企業など、医師の専門知識を活かせる分野での投資も選択肢の一つです。
配当株投資では安定的な配当収入を得ることを目的とした投資で、不動産投資と並ぶインカムゲイン戦略の一つです。優待株投資では株主優待制度を利用し、企業から商品やサービスの提供を受けることができます。
多様な投資商品の活用
ETF(上場投資信託)は特定の指数に連動することを目指す投資信託で、株式のように証券取引所で売買できます。投資信託よりもコストが低く、リアルタイムでの売買が可能という利点があります。
REIT(不動産投資信託)は複数の不動産に投資する投資信託で、少額から不動産投資に参入できます。不動産の直接投資と比較して、流動性が高く管理の手間がかからないという利点があります。
金投資はインフレヘッジやリスク分散としての役割が期待でき、政治的・経済的不安定期における安全資産として機能します。純金積立や金ETFなど、様々な投資方法があります。
仮想通貨投資の可能性とリスク
仮想通貨はビットコインなど、近年注目を集めている投資対象です。ビットコイン(BTC)は最初に作られた仮想通貨であり、時価総額も最大で、稀少性が高く世界中で広く認知されています。
イーサリアム(ETH)はスマートコントラクト機能を持つプラットフォームで、分散型アプリケーション(DApps)の開発基盤として利用され、将来性が高いとされています。リップル(XRP)は国際送金に特化した仮想通貨で、高速かつ低コストな国際送金を実現することを目指しています。
ただし、仮想通貨は価格変動が非常に激しく、規制リスクも存在するため、投資する場合はポートフォリオの一部(5%以下)に留めることが重要です。
不動産投資:医師に適した資産クラス
不動産投資は医師にとって特に適した投資手段の一つです。安定した収入と高い社会的信用により、有利な融資条件で不動産投資を行うことが可能です。
不動産投資の基本的なメリット
不動産投資の最大の魅力は、安定したインカムゲイン(家賃収入)を得られることです。株式の配当金と異なり、家賃収入は景気の影響を受けにくく、長期的に安定した収入源となります。また、インフレ時には不動産価値と家賃の両方が上昇する傾向があり、インフレヘッジとしての効果も期待できます。
税制面では、減価償却費を計上することで所得税の節税効果を得ることができます。特に高所得の医師にとって、不動産投資による節税効果は大きなメリットとなります。
医師に適した不動産投資の種類
区分マンション投資は、比較的少額の資金で始められ、管理会社に運営を委託できるため、忙しい医師に適しています。都心部のワンルームマンションは需要が安定しており、空室リスクが比較的低いのが特徴です。
一棟アパート・マンション投資は、より大きな収益を狙えますが、管理の手間や初期投資額も大きくなります。医師の高い信用力を活かして、有利な融資条件で大型物件への投資を行うことも可能です。
医療モール投資は、医師ならではの投資対象として注目されています。自分の専門知識を活かして、立地や設備の良し悪しを判断できるという利点があります。
不動産投資のリスク管理
不動産投資には空室リスク、金利上昇リスク、災害リスクなど様々なリスクが存在します。立地選定を慎重に行い、需要が安定している地域の物件を選ぶことが重要です。また、火災保険や地震保険への加入、適切な管理会社の選定など、リスク管理策を講じることが必要です。
節税制度の積極的活用
医師の資産形成において、各種節税制度の活用は極めて重要です。高い税率が適用される医師にとって、節税効果は投資収益率を大幅に向上させる要因となります。
iDeCo(個人型確定拠出年金)の活用
iDeCoは医師にとって最も効果的な節税制度の一つです。拠出時の所得控除、運用時の非課税、受給時の退職所得控除など、トリプルでの税制優遇を受けることができます。勤務医の場合は年額276,000円、開業医の場合は年額816,000円まで拠出が可能です。
高い所得税率が適用される医師の場合、拠出額の30〜55%の節税効果を得ることができるため、実質的な投資収益率は大幅に向上します。
NISA制度の効果的な利用
つみたてNISAでは年額400,000円までの投資について、運用益が最長20年間非課税となります。一般NISAでは年額1,200,000円までの投資について、運用益が最長5年間非課税となります。2024年からの新NISA制度では、非課税枠が大幅に拡大されるため、より効果的な活用が可能になります。
法人化による節税効果
開業医の場合、医療法人の設立により法人税率と所得税率の差を活用した節税が可能です。個人の所得税率が高い場合、法人化により税負担を軽減できる可能性があります。ただし、法人化には設立費用や維持費用がかかるため、税理士などの専門家と相談して判断することが重要です。
まとめ:医師のための戦略的資産形成
医師という職業は高収入を得られる一方で、特有のリスクや制約も存在します。これらの特性を理解し、適切な資産形成戦略を立てることで、より豊かで安定した将来を築くことができます。
重要なのは、早期から資産形成を開始し、時間を味方につけることです。複利の効果を最大限に活用するためには、若いうちから少額でも投資を始めることが重要です。また、投資の知識と経験を積むことで、より効果的な資産運用が可能になります。
医師の場合、安定した収入と高い社会的信用を活かして、長期投資や不動産投資などの選択肢を活用できます。一方で、忙しい業務の中で投資に割ける時間は限られているため、自動積立投資や投資信託、不動産投資における管理会社への委託など、手間のかからない投資手法を選択することが重要です。
節税制度の活用も忘れてはいけません。iDeCoやNISA、不動産投資による減価償却など、様々な節税手法を組み合わせることで、実質的な投資収益率を大幅に向上させることができます。
最後に、資産形成は一人で行うものではありません。税理士、ファイナンシャルプランナー、不動産投資会社など、各分野の専門家と連携することで、より効果的で安全な資産形成を実現できます。医師という専門職だからこそ、資産形成においても専門家の知識と経験を活用することをおすすめします。
次回予告:医師のライフプラン設計
第2回では、医師特有のキャリアパスを考慮したライフプラン設計について詳しく解説いたします。研修医から専門医、開業医へのキャリア変遷に応じた資産形成戦略の調整方法、ライフイベント(結婚、出産、住宅購入、子供の教育など)を考慮した資産配分の最適化、将来を見据えた具体的なロードマップの作成方法について、実践的なアドバイスをお届けします。
2025/02/06
著者:鎌形博展
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2023年には株式会社EN創業。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開