はじめに
聖マリアンナ医科大学救急医学の堤と申します。本日は急性期病院における働き方改革と、それに対するナースプラクティショナー(NP)のインパクトについてお話しさせていただきます。
急性期病院、特に大学病院における働き方改革の課題
医師の業務量が過剰であり、それが背景となって膨大な残業時間が実質的に発生しています。この状況が続くと、「こんなに働いていられない」と感じる医師が増え、結果的に離職の意向が強まり、または新たに入職する医師が減少するという悪循環に陥ります。
その上で、今年から始まった働き方改革による残業制限が加わると、業務量は減らず、むしろスタッフ数が足りないために実質的な診療制限が起こります。稼働率が上がらない一方で、スタッフ不足で診療が行き届かず、病院の収益が減少してしまうという現状です。
ここで、私が紹介したいのは、ナースプラクティショナー(NP)という資格です。このNPは、急性期病院において、また日本の医療を変える力を持つ重要な存在だと考えています。
NPとは何か?
NPは診療に特化した専門的なトレーニングを受けた看護師です。この資格は、1960年代にアメリカで医師不足の解消を目的として誕生しました。現在、アメリカでは35万人以上がこの資格を有し、看護師全体の約10%にあたります。
日本では、2011年に医師のタスクシフトの一環として民間資格として設立されました。看護師経験が5年以上ある人が大学院に進学し、2年間で医学部に相当するトレーニングを受け、臨床実習後に認定試験をクリアするとNPとして認定されます。
NPの能力と実績
この資格を持ったNPは、最低でも長期研修医、または後期研修医、若手の指導医と同等の診療能力を持っています。実際、米国では、NPとプライマリケア医の診療質にはほとんど差がないというデータもあり、むしろ患者とのコミュニケーションでは、NPが優れているという結果も出ています。
NPの導入事例
2017年からNPを早期に導入した聖マリアナ医科大学では、2023年には43名のNPが活躍しており、これは全国トップの数字です。では、NPの導入がどのような成果をもたらしたのか、具体的な事例をいくつかご紹介します。
救急科の事例
2019年に指導医10名、後期研修医7名という体制で診療を行っていました。しかし、2022年には医師が6人減少し、医師の数が大幅に不足しました。これにより、通常の診療体制では患者の対応が難しくなる可能性がありました。
そこで、病院は診療看護師(NP)を5名増員することを決定しました。これにより、急増した患者数にもかかわらず、診療体制を維持することができました。NPが医師と同様の役割を担い、患者のケアを行い、医師の負担を軽減することができたため、患者数は減少することなく増加しました。
特筆すべきは、NPを増員することによって、労働時間や医師の負担にほとんど変化がなく、医師が減ったにもかかわらず、救急科は問題なく機能し続けた点です。このように、NPの導入は医師不足を補い、診療体制を維持するために非常に効果的であることが示されました。
大阪医療センターの事例
大阪医療センターでは、2012年に常勤医師4名で総合診療科を運営し、年商2.6億円を達成していました。しかし、2018年には医師が2名に減少したため、診療体制の維持が困難になりました。そこで、診療看護師(NP)を4名増員することに決定しました。
NPの導入後、診療体制は維持され、なんと入院収益が2.1億円も増加しました。この増収の大きな要因は、NPが全ての救急車を管理し、入院患者の増加に貢献したことです。NPは、診療業務を効率的にこなし、患者の入院から退院までの流れをスムーズに管理しました。これにより、診療科の業務が滞ることなく回り、収益増加に寄与しました。
また、特筆すべき点として、NPの導入は医師の負担を軽減するだけでなく、病院全体の業務効率化にも繋がりました。医師の業務をNPがサポートすることで、医師が専門的な治療や緊急対応に集中できるようになり、患者への質の高い医療を提供することができました。
NP導入の効果
NPを病棟に配置すると、患者の治療方針がNPにより共有され、看護師が主治医に確認せずとも、NPが問題を処理できるようになります。これにより、医師が外来や手術に集中でき、病棟での細かな問題はNPが解決するため、医師や看護師の業務効率が向上します。また、急変への対応も迅速にできるようになり、病院全体の効率が改善されます。
遠隔ICUとラピッドレスポンスシステム
当院では、NPを活用した遠隔ICUやラピッドレスポンスシステムを進めています。遠隔ICUでは、NPが特別なモニタリングシステムを利用してICUを管理し、ラピッドレスポンスシステムでは、急変の兆候がある患者を早期に発見し、NPのみでラウンドを行い、必要時に医師に相談する形で運用しています。このシステムの導入により、院内死亡率の低下が期待されています。
NP普及の課題
日本では、NPの普及に対する障壁もあります。病院側の知識や教育の不足、大学院の定員の少なさが問題として挙げられますが、これらを解決するために、私たちは「Legix」という会社を設立し、NPの導入支援や教育支援を行っています。
最後に
私たちは、資格という枠組みに囚われることなく、さまざまな職種がその能力を最大限に発揮できる社会を作りたいと考えています。例えば、バッタは高く飛ぶことができますが、箱に入れて蓋をするとそれ以上高く飛べません。私たちは、こうした枠を超えて、人々がその可能性を最大限に活かせる社会を目指していきたいと思っています。