医師の開業完全ガイド:新規開業と継承開業の違いを徹底比較
医師がクリニック開業を検討する際、新規開業と継承開業という2つの主要な選択肢があります。それぞれの方法には独自の特徴、メリット、デメリットがあり、医師の目指すクリニックの形態、資金状況、経験レベルによって最適な選択は変わります。本記事では、両方の開業方法について詳細に解説し、成功への道筋を明確に示します。
新規開業:ゼロから理想のクリニックを構築
新規開業は、医師が自らのビジョンに基づいて完全にオリジナルのクリニックを設立する方法です。すべてを一から構築するため、自分の理想とする医療を実現できる反面、多くの準備と投資が必要となります。
新規開業の戦略的プロセス
開業コンセプトと事業計画の策定(約12ヶ月前)
新規開業の成功は、明確なコンセプト設定から始まります。どのような患者層をターゲットとし、どのような医療サービスを提供するのか、地域における自院のポジショニングはどうあるべきかを詳細に検討します。
事業計画では、診療科目、診療方針、収益予測、競合分析、マーケティング戦略を具体的に策定します。5年後、10年後の将来像も描き、持続可能な経営モデルを構築します。この段階では、地域の医療ニーズ調査、人口動態分析、競合クリニックの調査も重要な要素となります。
経営理念の明確化も重要です。「地域密着型の総合的な家庭医療の提供」「最新技術を活用した専門性の高い診療」「患者中心の温かい医療サービス」など、クリニックの存在意義を明確に定義します。
開業地の戦略的選定(約8ヶ月前)
立地選定は新規開業において最も重要な決定の一つです。人口密度、年齢構成、所得水準、交通アクセス、駐車場の確保、競合医療機関との距離、将来の地域開発計画など、多角的な要素を総合的に評価します。
診療科目によって最適な立地は大きく異なります。内科であれば高齢者が多く住宅密集地域、小児科であれば若いファミリー層が多い新興住宅地、美容系であれば交通の便が良く人通りの多いエリアが適しています。
賃料水準も重要な考慮事項です。一等地は集患には有利ですが、高い賃料負担が経営を圧迫する可能性があります。収支バランスを慎重に検討し、長期的に持続可能な立地を選択することが重要です。
資金調達の戦略的アプローチ(約8ヶ月前)
新規開業には通常3,000万円から5,000万円程度の初期投資が必要です。自己資金だけで賄えない場合は、金融機関からの融資が不可欠となります。
融資申請では、詳細な事業計画書、収支予測、返済計画を準備します。医師の経歴、専門性、地域での評判も重要な評価要素となります。複数の金融機関に相談し、金利条件、返済期間、担保条件を比較検討します。
日本政策金融公庫の新規開業ローンや、医師専門の金融機関など、医師向けの優遇制度を活用することで、より有利な条件での資金調達が可能になる場合があります。
内装業者・医療機器の選定(約4ヶ月前)
クリニックの内装は、患者の第一印象と満足度に大きく影響します。清潔感、安心感、機能性を兼ね備えたデザインを心がけます。バリアフリー設計、感染対策、プライバシー保護なども重要な要素です。
医療機器の選定では、診療の質、効率性、将来の拡張性を考慮します。初期投資を抑えつつ、必要十分な機能を確保するバランスが重要です。リースと購入の比較検討も必要です。
内装業者選定では、医療機関の施工実績、提案力、アフターサービス体制を重視します。複数業者から提案を受け、費用対効果を慎重に評価します。
スタッフ採用とチーム構築(約3ヶ月前)
優秀なスタッフの確保は、クリニック運営の成功に直結します。看護師、受付事務、医療事務など、各職種の役割と必要な能力を明確に定義し、採用基準を設定します。
面接では、技術的な能力だけでなく、コミュニケーション能力、患者サービスへの意識、チームワークなども重視します。クリニックの理念に共感し、長期的に働いてもらえる人材を選ぶことが重要です。
採用後は、院内ルール、接遇マナー、医療安全、個人情報保護などの研修を実施し、開業前にチーム一丸となって準備を進めます。
効果的な開業PR戦略(約1ヶ月前)
開業の認知度向上のため、多角的なPR活動を展開します。ホームページの開設、Google マイビジネスの登録、地域の情報誌への掲載、近隣住民への挨拶回りなどを実施します。
内覧会の開催により、地域住民にクリニックの雰囲気を直接体験してもらう機会を提供します。この際、健康相談コーナーや血圧測定などのサービスを提供することで、より多くの方に来院してもらえます。
医療法による広告規制を遵守しながら、適切な情報発信を心がけることが重要です。
行政手続きの完了(約1ヶ月前)
クリニック開業には、様々な行政手続きが必要です。診療所開設届、保険医療機関指定申請、生活保護法指定医療機関申請、労災保険指定医療機関申請など、必要な手続きを漏れなく実施します。
手続きには時間がかかる場合があるため、余裕を持ったスケジュールで準備することが重要です。行政書士や社会保険労務士などの専門家に依頼することで、確実で効率的な手続きが可能になります。
継承開業:既存基盤を活用した効率的な開業
継承開業は、既に運営されているクリニックを引き継いで運営する方法です。既存の患者基盤、設備、スタッフを活用できるため、初期リスクを抑えながら安定したスタートを切ることができます。
継承開業の戦略的アプローチ
開業コンセプトの明確化と継承戦略
継承開業においても、自分の医療理念と目指すクリニック像を明確にすることが重要です。既存のクリニックの特徴と自分のビジョンをどのように融合させるかを検討します。
継承後の変更範囲についても慎重な検討が必要です。診療科目の変更、診療時間の調整、新しいサービスの導入など、患者への影響を最小限に抑えながら自分の理想を実現する方法を模索します。
既存患者の継続通院を確保しつつ、新たな患者層の獲得も図る戦略を立案します。
専門家との連携による成功確率向上
継承開業は新規開業以上に複雑なプロセスを伴います。医療機関M&Aの専門家、税理士、弁護士、不動産鑑定士など、各分野の専門家との連携が成功の鍵となります。
継承対象クリニックの財務状況、法的リスク、設備状況、患者動向などの詳細な調査(デューデリジェンス)を実施します。隠れた債務や法的問題がないか、設備の更新時期や費用、スタッフの雇用条件なども詳細に確認します。
継承価格の適正性についても、複数の視点から評価することが重要です。
立地評価と将来性の検討
継承開業においても立地の重要性は変わりません。現在の立地が自分の診療方針や患者ターゲットに適しているかを慎重に評価します。
周辺環境の将来的な変化も考慮が必要です。再開発計画、人口動態の変化、競合医療機関の新設予定など、中長期的な環境変化を予測します。
現在の患者層と自分が提供したい医療サービスとの適合性も重要な評価ポイントです。
新規開業と継承開業の詳細比較
初期投資とリスクの違い
新規開業の投資構造
新規開業では、土地・建物の取得または賃借、内装工事、医療機器購入、什器備品、広告宣伝費、運転資金など、すべての要素への投資が必要です。総額は通常3,000万円から5,000万円程度となります。
リスクとしては、患者獲得の不確実性、競合との差別化の困難さ、収益化までの期間の長さなどが挙げられます。一方で、すべてを自分の理想通りに設計できるため、独自性の高いクリニックを構築できる可能性があります。
継承開業の投資構造
継承開業では、継承価格(営業権の購入費用)が主要な投資となります。既存の設備や患者基盤を引き継げるため、新規開業に比べて初期投資を抑えることができる場合が多いです。
ただし、設備の老朽化による更新費用、スタッフの処遇改善費用、既存患者の離反リスクなど、継承特有のコストとリスクも存在します。
収益化のスピードと安定性
新規開業の収益特性
新規開業では、患者獲得に時間がかかるため、収益化まで6ヶ月から1年程度を要する場合が一般的です。開業当初は赤字経営となることが多く、十分な運転資金の確保が重要です。
一方で、自分のコンセプトに基づいて患者層を構築できるため、理想的な診療を実現できる可能性があります。
継承開業の収益特性
継承開業では、既存の患者基盤を引き継げるため、開業初月から一定の収益を見込むことができます。安定した患者数により、経営の予測可能性が高くなります。
ただし、継承後の患者離反リスクがあるため、丁寧な引き継ぎと患者との信頼関係構築が重要です。
自由度と制約の違い
新規開業の自由度
新規開業では、立地、内装、設備、診療方針、スタッフ採用など、すべての要素を自分の理想に合わせて決定できます。独自性の高いクリニックを構築し、差別化された医療サービスを提供できる可能性があります。
継承開業の制約と対応
継承開業では、既存の患者の期待、スタッフの雇用継続、立地の変更不可など、様々な制約があります。しかし、これらの制約を創意工夫により活かすことで、安定した経営基盤を構築できます。
段階的な改善により、自分の理想に近づけていくアプローチが有効です。
成功要因と注意点
新規開業の成功要因
新規開業成功の鍵は、徹底した市場調査と差別化戦略です。地域のニーズを正確に把握し、競合にはない独自の価値を提供することが重要です。
また、十分な資金準備と綿密な収支計画により、開業初期の不安定な期間を乗り切ることが必要です。
優秀なスタッフの確保と継続的な教育により、高品質な医療サービスを提供し続けることも成功の要因となります。
継承開業の成功要因
継承開業では、既存患者との信頼関係構築が最重要課題です。前院長からの丁寧な引き継ぎと、患者への十分な説明により、安心感を提供することが必要です。
スタッフの雇用継続と処遇改善により、組織の安定性を確保することも重要です。継承に伴う不安を解消し、一体感のあるチーム作りを心がけます。
継承価格の適正性を十分に検証し、財務的に持続可能な経営を確保することも成功の条件です。
デジタル時代の開業戦略
オンライン診療とデジタル化対応
コロナ禍を契機としてオンライン診療が普及し、今後も継続的な成長が予想されます。新規開業・継承開業のいずれにおいても、オンライン診療システムの導入を検討することが重要です。
電子カルテシステム、オンライン予約システム、キャッシュレス決済システムなど、デジタル化による業務効率向上と患者利便性の向上を図ります。
デジタルマーケティングの活用
ホームページの SEO対策、Google マイビジネスの最適化、SNS の活用など、デジタルマーケティングによる集患活動が重要性を増しています。
特に若い世代の患者は、インターネットで医療機関を検索することが多いため、オンライン上での情報発信と評判管理が必要です。
法的・制度的な注意事項
医療法による規制の遵守
クリニック開業には、医療法、医師法、健康保険法など、様々な法的規制が適用されます。特に医療法による広告規制は厳格であり、適切な情報発信を心がける必要があります。
労働法制の遵守
スタッフの雇用においては、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法などの遵守が必要です。適切な労働条件の設定と労務管理により、法的リスクを回避します。
まとめ:開業方法選択の指針
新規開業と継承開業のいずれを選択するかは、医師の目標、資金状況、リスク許容度、経験レベルによって決まります。
新規開業は、自分の理想を実現したい、独自性の高いクリニックを構築したい医師に適しています。一方、継承開業は、安定した経営基盤を重視し、リスクを抑えた開業を希望する医師に適しています。
どちらの方法を選択する場合も、十分な準備期間を確保し、専門家との連携により、成功確率を高めることが重要です。地域医療への貢献と自身の職業的満足度の両立を目指し、慎重かつ戦略的な開業準備を進めていただきたいと思います。
最終的には、患者にとって価値のある医療サービスを継続的に提供できるクリニックを構築することが、開業の真の成功といえるでしょう。
2025/02/06
著者:鎌形博展
医師、株式会社EN 代表取締役、医療法人社団季邦会 理事長、東京医科大学病院 非常勤医師

東京都出身。埼玉県育ち。
明治薬科薬学部を卒業後、中外製薬会社でMRとなるも、友人の死をきっかけに脱サラして、北里大学医学部へ編入する。
卒業後は東京医科大学病院救命救急センターにて救急医として従事。2017年には慶應義塾大学大学院にて医療政策を学び、MBAを取得。東北大学発医療AIベンチャー、東京大学発ベンチャーを起業した他、医療機器開発や事業開発のコンサルティングも経験。2019年、うちだ内科医院を継承開業。以降、2020年に医療法人季邦会(美谷島内科呼吸器科医院)を継承し、2021年には街のクリニック 日野・八王子を新規開業。2023年には株式会社EN創業。国際緊急援助隊隊員・東京DMAT隊員・社会医学系専門医。趣味はBBQ。43歳で剣道・フェンシングを再開